「外見に自信が持てると、心にも力が宿る。アートメイクで、そんな人を増やしたい」――。そう語るのは、アートメイク看護師の西田晴香さん(28)。三重県四日市市を拠点に、名古屋や大阪でも施術を行い、多くの人の表情を明るくしている。
メイクの悩みと、アートメイクとの出会い
県立四日市西高校時代は、男子バスケットボール部のマネージャーを務めた。誰かのために動くことが好きで、卒業後は「人の役に立ちたい」と看護師の道を選んだ。
看護学生のころ、眉がうまく描けないなどメイクの悩みが尽きず、アートメイクに興味を持った。施術は医療知識を持つ看護師でなければできないと知り、「私にもできるかもしれない」と心が動いたという。
ちょうどそのころ、祖母が倒れて入院した。おしゃれを楽しんでいた祖母は、病気の治療で髪を失い、活力を失った。退院後、体調が回復してくると少しずつおしゃれを楽しめるようになり、表情に活力が戻った。外見を整えることが心の回復につながり、自己肯定感や社会参加につながる――メイクセラピーの力を実感した瞬間だった。
看護師になってから、自身も眉のアートメイクを受けた。周囲から褒められ、自信が湧いただけでなく、毎日のメイク時間が短くなり、生活が軽くなった。「きれいでいることは健康にもつながる」。祖母の姿と自身の経験が重なり、美への関心が強まった。
2021年、ミス・ワールド・ジャパンの愛知代表選考会に挑戦。プレゼンテーションでは祖母のエピソードを語り、「美容と看護で心も体も健やかな人を増やしたい」と訴えた。その姿勢が評価され、ミス・ワールドが掲げる“美を社会のために使う”理念「Beauty With a Purpose」部門賞を受賞した。

看護とモデルの両立、揺れながら進んだ3年間
受賞をきっかけに、看護師として働きながらモデルの仕事も始めた。看護学校は奨学金で通っており、卒業後3年間は県内で看護師を続ければ返済が免除されるため、両立は必須だった。夜勤明けに眠らずモデルの現場へ向かう日もあった。当時は新型コロナウイルス感染症の流行下で、緊張感のある日々が続いたが、「やりたいことができている」という充実感が支えだった。
モデルの現場で出会ったメイク担当者が看護師だったことも転機となった。人前に立つ仕事より、「アートメイクアーティストとして誰かの人生を変えたい」という思いが芽生えた。3年間の勤務を終えて病院を退職し、アートメイク看護師としての道を歩み始めた。
千人の眉を描き続けて見えた技術の奥深さ
アートメイクは華やかに見える世界だが、実際は眉を一本一本描く地道な作業だ。大阪での座学を経て、施術ができるクリニックで実技を学び、モニターの協力を得ながら1年間で約千人を施術。2年目には自身のスタイルを確立した。現在はフリーのアートメイク看護師として、四日市ヒフ科クリニック(高角町)をはじめ、名古屋や大阪のクリニックで施術をしている。

“タトゥーではない”アートメイクの正しい理解を広げたい
「アートメイクはタトゥーと同じなの?」と誤解されることも多い。実際には皮膚の浅い層に色を入れる医療行為で、3〜4年で徐々に薄くなる。
美容目的だけでなく、抗がん剤治療で眉毛を失った人や、ストレスによる円形脱毛症で片眉だけがなくなった男子大学生への施術もしたことがある。その大学生は春から営業職に就く予定で、「これで仕事でも自信が持てる」と笑顔を見せたという。
三重県内でアートメイクが受けられるクリニックは少なく、伊勢や松阪など遠方から足を運ぶ人もいる。カウンセリングには時間をかけ、施術中に恋愛や転職などの相談も受けることがあるという。
小さな施術が、人生の背中をそっと押す
子育てをしながらフルタイムで働く女性も多く、朝のメイクに時間をかけられないという声も聞く。アートメイクはその負担を軽くし、日々の生活に心の余裕を生む。
「アートメイクで、目の前の人の人生を豊かにしたい」。看護の知識を生かしながら、美を通して人を笑顔にする西田さんの挑戦は、まだ始まったばかりだ。










