「コラム」ふるさとの名前 第14回【桜】

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智積養水を泳ぐ鯉

 桜地区は、北に金渓川(かんだにがわ)と三滝川が、地区内には矢合川(やごうがわ)が流れ、南側に高い丘陵が連なる複雑な地形となっています。

 江戸時代には、智積、桜一色、佐倉の3つの村がありました。明治8年に桜一色村と佐倉村が合併して桜村となり、明治22年に桜村と智積村が合併して三重郡桜村となりました。昭和29年に四日市市に合併。44年以降、地区内の丘陵地で宅地開発が進み、「桜」を冠した町名が増加しました。

 桜の語源はサは狭い、クラは谷地で、佐倉の当て字から後に桜となりました。室町時代頃の古文書に桜郷の記載があります。

 智積は、奈良時代に建立されたという智積寺にちなみます。

 智積村は地形的に水利が乏しく、水の確保に苦労していました。そこで、三滝川の伏流水が湧出する三重郡森村(菰野町神森)から用水路を引いていました。戦後、いつしか汚染が進み、昭和45年頃から住民による浄化運動が展開されて、「鯉の住める川」作りが進められました。

 こうした環境保全活動と水質の良さが認められ、智積養水は昭和60年に環境庁の名水百選に選ばれました。その名前には、水田を潤し人々の暮らしを養う恵みの水に対する住民の感謝の気持ちが込められています。

協力:四日市観光ボランティアガイド 監修:四日市市立博物館
※2022年6月4日(208号)発行 紙面から