「コラム」ふるさとの名前 第20回【楠】

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楠村神社

 楠地区は全体が鈴鹿川河口部のデルタ地帯にあります。太古は河原田丘陵あたりまでが海岸線でしたが、川と海の働きで土砂が堆積して陸地が広がっていきました。

 室町時代から江戸時代頃までは、伊勢湾の海上交通の要衝として栄え、海岸部には漁村が、内陸部には肥沃な農地が広がっていました。町名の由来は、楠氏(楠木氏ではない)の名前にちなむと言われています。室町時代の頃、楠木正成の子孫が城館を構えて、約160年間この地を支配しました。明治22(1889)年に本郷・北一色・小倉・吉崎・北五味塚・南五味塚・南川の7村が合併して、三重郡楠村となりました。昭和15年三重郡楠町になり、平成17年に四日市市に編入しました。

 町名の由来は、小倉の小は接頭語で倉は凹地や低地の意味。一色は、一種類の品種のみを貢納する土地。五味塚は、楠町史などによれば、肥沃の地としての美称「久美塚」から「五味塚」に転訛したとも言われています。本郷の本は、元の、最初の村。南川は川の南側で、鈴鹿川派川の南側。吉崎は葭(あし)の生える突き出た陸地の意味です。

協力:四日市観光ボランティアガイド 監修:四日市市立博物館
※2022年12月3日(214号)発行 紙面から