「おもてなし」から生まれる「ものづくり」、東京・墨田区のスーパー町工場、浜野製作所の浜野慶一さんが四日市で語る

1093

 もらい火事で工場が全焼したところから這い上がり、世界が認めるスーパー町工場になった東京都墨田区の株式会社浜野製作所の代表取締役CEO浜野慶一さんが2月8日、四日市商工会議所で講演し、事業の背景にどんな思いがあったかを語った。ドラマのような会社経営の苦難の数々に、聴衆もじっと耳を傾けていた。【企業の生き方として何を大切にしてきたかを語った浜野製作所の浜野慶一さん=四日市市諏訪町】

 四日市商工会議所の繊維紙工・機械金属部会が主催した講演会「『おもてなし』から生まれる『ものづくり』 浜野製作所 事例報告」で、ホールの観客のほか、リモートでの聴衆も含め、80人余が話を聞いた。開会あいさつで、部会長を務める森寺工機株式会社の代表取締役社長森寺浩一さんは、新型コロナの感染拡大で2年越しの講演会の実現になったと話し、「浜野さんの生きざまを、オンラインではなく肌で感じてもらいたかった」と紹介した。

 浜野さんは、父の死去で工場を継いだが、間もなく、本社兼工場が近隣の火災によるもらい火で全焼、ほぼゼロからの再起を迫られることになった。知人から紹介された工場の試作部品を辛抱強くつくることで、信頼を得て、経営が可能になっていった。

 下請けの仕事から、「リアル下町ロケット」ともネットなどで評される開発系の仕事を手掛けるようになったきっかけは、事故で娘が車いす生活になった父親が、「もう一度、娘と一緒に散歩したい」と浜野さんにリハビリ用の部品を依頼したことがきっかけだったという。娘の誕生日にその部品をプレゼントとして渡したところ、喜んだ娘に抱き着かれ、父親は浜野さんに「ありがとう、感謝」などの言葉を何度も何度も書き綴ってきた。

 浜野さんは「変革のきっかけとなった『ありがとう』と言われるものづくり」とまとめ、これらの出来事が、今の会社の経営理念「『おもてなしの心』を常に持ってお客様・スタッフ・地域に感謝・還元し、夢(自己実現)と希望と誇りを持った活力ある企業を目指そう!」につながったという。

 浜野さんは、大手企業と組んだプロジェクトなど最近の仕事の内容についても幾つかを紹介し、これからは、「大企業だからできること、できないこと、町工場だからできること、できないこと」の持ち味を持ち寄って、力を合わせていくべきだとも語った。

 浜野製作所は工場火災から3年後の2003年に墨田区優良工場「フレッシュゆめ工場」モデル工場に認定、2018年に経済産業省の第7回ものづくり日本大賞経済産業大臣賞受賞、同年に天皇陛下の行幸があり、2019年にはニューヨークの国連本部で講演するなど、世界的に注目される町工場になっている。