施設更新計画の検討がスタート、市立四日市病院、まず現在地で可能かどうかを調査

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【施設の更新計画の検討が始まる市立四日市病院=四日市市芝田2丁目】

 市立四日市病院の将来の姿を決める検討が2024年度から始まる。病院施設の目標耐用年数があと約14年になるなか、現在地では建蔽率や容積率がめいっぱいで、これ以上の建物が望めないという。そこで、四日市市は1年かけて、まずは、現在地で病院施設を順次建て替えて更新させることが可能かどうかを調べ、将来への判断材料にする。

 この検討に加え、病院が将来も市民や近隣地域の需要に応えていけるか、主要な医療機関としての役割を果たしていけるかなど、病院のあり方を含めた検討を2年ほど続け、現在地での施設更新が可能か否かを判断するという。2024年度は、病院施設更新計画検討事業として、病院事業会計当初予算案の収益的支出・業務委託費のなかに4477万円を計上した。

〇現時点では現在地での更新を優先する考え

 検討によって現在地の施設更新が不可能と判断されれば、移転も検討しなければならなくなるが、現時点では、病院側は市街地にあって救急搬送や通院などに便利な現在地での更新を優先して考えており、「移転」などの言葉は口にしていない。具体的には、病院施設の建て替えの順番などを決め、設備や人の配置を変えながら施設更新するローリング計画をつくり、進めていく。この1年の検討では、あくまで、今の病院の能力をそのまま引き継げるかどうかの検討をするという。

 市立四日市病院は過去3回の移転で規模を拡大してきた。1936年、千歳町で四日市市民病院が開院(内科、外科の2診療科)。1939年に西新地で市立四日市病院として開設(内科、外科、皮膚科の3診療科)。1961年、堀木1丁目に移転(10診療科)、1978年に現在地の芝田2丁目に移転した(14診療科)。

〇現在地に移転後も施設や機能は拡大続ける

 現在地では、救急センターが2003年に稼働。2006年に災害拠点病院に指定、2009年に救命救急センター(3次救急医療施設)に指定された。2014年に増築棟(C病棟)の供用を開始。2013年に総合周産期母子医療センターの指定、2017年に高精度放射線治療棟の供用開始、2019年に地域がん診療連携拠点病院の指定を受けるなど、施設や機能を拡充させてきた。現在は28診療科をそろえている。

 現在の病院施設は、建築躯体は使用できても、更新サイクルが短い設備面の限界や、医療需要への対応などから、目標耐用年数を60年としている。このため、現在地へ移転した1978年からの60年後、2038年までは現在地での病院運営が現総合計画に位置付けられているが、その後も切れ目のない病院運営をすることが定められる。新しい場所で一から建設しても7年はかかると見込まれており、現在地での更新となれば、さらに時間や費用もかかる。検討を始めるのに早すぎることはない状態だ。