亡くなった妹の生きた証を残したい——。三重県亀山市に住む向井羽汰さん(23)は、父・潤さん(47)とともにNPO法人を立ち上げ、小児がんの啓発活動に取り組んでいる。陸上競技のイベントや教室を開き、集まった人に病気への理解を広げようと奔走する。その原点には、一度も会うことができなかった妹の存在がある。

父との再会がもたらした家族のつながり
両親が離婚したのは、向井さんが3歳のときだった。
なぜ自分には父や兄弟がいないのか――。幼いながらに抱いた疑問を、母に尋ね、小学4年生のときに四日市市に住む父と初めて会った。
何を話せばいいのか分からず、ぎこちない時間だった。それでも、母が父を悪く言うことは一度もなかったため、向井さんの中に父へのわだかまりはなかった。
陸上競技との出会いが変えた人生
中学で陸上を始め、亀山高校陸上部時代には100メートルで県2位に入った。
大学でも競技を続けたが、部の雰囲気に違和感を覚えて退部し、個人で大会に出場する道を選んだ。

高校の恩師に報告しようと母校を訪れた際、在校生から「コーチになってほしい」と頼まれた。それ以来、ほぼ毎日のように学校へ通い、指導に打ち込んだ。

闘病する妹を知る
20歳になり父に成人祝いをしてもらい距離が縮まった。父は大学の学費を支えてくれていた。
その半年後、大きな事実を告げられる。
「再婚していて、4歳の妹がいる」
突然できた妹の存在に、向井さんは素直に喜んだ。だが続く言葉は、あまりにも重かった。
「笑舞(えま)は神経芽腫で闘病している」
命に関わる病気。喜びと現実が同時に押し寄せ、心が追いつかなかった。

会えないまま募る、兄としての思い
当時はコロナ禍。面会は難しく、「完治したら会う」と決めた。父から届く写真や動画の笑舞ちゃんは、自分の幼い頃にそっくりで、会いたい気持ちは日に日に強くなっていった。

社会人になる年、笑舞ちゃんは小学生になるはずだった。「ランドセルを買ってあげたい」と思い、就活や陸上指導に打ち込んだ。
突然の別れ 残された後悔
2023年8月、笑舞ちゃんは手術を受け、一時は快方に向かう。しかし、その直後、がんが再び増える「再燃」が起きた。
会いたい——。その思いは強かった。
だが、突然現れる兄の存在が負担になるのではないか。自分を育ててくれた母の気持ちも頭をよぎる。結局、一歩を踏み出せなかった。
翌年4月、父から届いたメッセージ。
「笑舞、亡くなった。助けてあげられなくて、ごめんな」
前日まで元気そうな動画を見ていた。笑舞ちゃんの好きなキャラクターのプレゼントを用意していた矢先だった。
「頑張ってきたのに、なぜ」
無理にでも会っておけばよかった――。後悔と自責の念が押し寄せた。
走ることでつながる兄妹の絆
笑舞ちゃんはかけっこが好きで、運動会で1位を取ったこともあった。翌年は歩いてゴールしたが、それはすでに足の痛みがあったからだと後で知った。
「痛くても走りたい」。その思いに、向井さんは妹との確かな絆を感じた。
自身も大会に出場し、足に痛みがあったが「笑舞に金メダルをあげたい」と走った。結果は優勝。首にかけた金メダルを見つめながら、「笑舞が力をくれた」と感じたという。その金メダルは仏壇に供えた。

小さな体で、弱音を吐くことなく闘い続けた妹。今、自分が前を向けるのは、笑舞ちゃんが確かに生きていた証があるからだ。
もし会えるのなら——。
「やっと会えたね。よく頑張ったね、僕のヒーロー。いっぱい遊ぼうね」
その言葉を、今も胸に抱いている。
レモネードスタンドで広げる小児がん啓発
小児がんの啓発活動の一つに、「レモネードスタンド」がある。レモネードを販売しながら、病気や治療の現状を伝える取り組みだ。
笑舞ちゃんが患った神経芽腫は、小児がんの中でも症例が少なく、研究が進みにくいとされる。治療には輸血が必要なケースも多く、献血の重要性も伝えていきたいという。
「同じ思いをする子どもや家族を救いたい」
その願いを胸に4月1日、父とともにNPO法人「一葉」を立ち上げた。
伝えたい「妹の生きた証」
向井さんはSNSで陸上競技の指導の様子を発信しながら、五輪を目指す実業団ランナーのコーチや、ランナーのパーソナルトレーニングも手掛けている。フォロワーや指導を受けた人たちから寄せられる励ましの言葉が、活動を続ける力になっている。
結果が求められる時代——。そうした風潮を、陸上競技でも感じることもあるという。
「競技も家族も、結果や形に縛られる必要はない。それぞれが歩んできた道の先にある“今”を大切にしながら、笑舞の生きた証と、自分たちの活動を丁寧に伝えていきたい」
そう語る向井さんの歩みは、これからも続いていく。
会うことは叶わなかった。それでも、兄と妹の間には確かな絆が残っている。
向井さんのインスタグラムはこちらhttps://www.instagram.com/uta_104010/#










