かぶせ茶の生産量が日本一ともいわれる三重県四日市市水沢町で、本格的なワインの生産が始まった。ブドウの摘み取りが最盛期に入り、自家醸造施設も完成、税務当局からの酒造免許も取得でき、仕込み作業に入っている。ブドウ栽培を始めて3年目。レストランや陶芸家など応援するファンも増え、水沢の新しい味を楽しみにしている。
建設会社の社長が描いた夢
水沢町は四日市市の西の奥、鈴鹿の山に近く、コンビナートが広がる海側とは対照的な緑が豊かな地域だ。ここで生まれ育った五十嵐和仁さん(45)は建設会社の二代目社長だが、祖父のころは専業農家だったといい、高齢化などで耕作放棄地が広がってしまう前にと、農業への取り組みを決めた。すぐにイメージが沸いたのがブドウだったという。
ワイン造りは五十嵐建設の関連会社「i-kyo(アイキョー)」を農事法人化して進めている。ワイナリーの名前は、栽培から醸造までを一貫して行う農園を指すフランス語の「ドメーヌ」と、「葉」を指す「フイアージュ」を合わせて「ドメーヌ・フイアージュ」とした。葉の管理こそブドウの品質を決めるとされ。ワインと相性のいいイチジクやヘーゼルナッツなども育てており、それらの葉も個性的だ。水沢の茶にもつながる。茶のように、水沢の名産品になりたいとの願いを込めた。

ひたすら勉強、土壌など環境づくりから
五十嵐さんはネットや本で栽培方法を読みまくり、長野などの産地も訪ねた。よい土壌の環境にするため、下草を生やしたままで管理する草生栽培や砕石敷きなどに取り組んだ。茶畑のシンボルでもある防霜ファンは露落としに使っており、茶どころらしいブドウ畑の景観を生んでいる。化学肥料を使わず、鳥羽の牡蠣殻やムール貝などの有機石灰を土壌改良に用い、伊勢「赤福」のこしあん製造で出る小豆かすを追肥に使った。

作り手に転身した商社マン
この農園には、違う角度からワインづくりに加わった五十嵐さんの片腕がいる。リーダーの福中博基さん(38)。愛知県豊橋市に生まれ、商社で輸入ワインを担当していた。フランスの産地を訪ねた時に生産者から生の声を聞き、自分もつくる側になりたいと思った。2年前に五十嵐さんを訪ね、「お金とか収益でなく、地域に何かしたいという人がいることに心を動かされ、一緒にワインをつくりたい」と思ったという。
評判広がり、すでに多くのファン
福中さんはインスタグラムなどでブドウ栽培の様子を日記のようにして発信。水沢ワイン誕生までをひとつの物語として親しんでもらおうと努めた。「水沢でワインをつくるらしい」という評判は愛好家の間に広がった。

四日市市の中心部にあるレストラン「ターヴォラカルダ オオノ」の大野真由美さんは、摘み取りも手伝うファン。すでに、ここのブドウをメニューにも採り入れている。萬古焼作家の清水醉月さんは、ワイングラスやデキャンタを自作して、四日市スタイルでのワインを味わい方を提案している。
ブドウは20種4500本以上、「選果」を徹底
伊勢湾を望む標高290メートルの宮妻の丘でブドウ栽培が始まったのは2023年。30アール(0.3ヘクタール)余からの出発だったが、今では町の計4カ所で2.7ヘクタールにまで広がり、ブドウも20種類計4500本以上に増えている。

五十嵐さんによると、ブドウは栽培を始めて5年後くらいから本格滝な収穫量が見込めるという。3年目の今年は最盛期の五分の一の6トンくらいになる見通しだ。ブドウが少ない分、初の自家醸造に向けた摘み取りでは「選果」の作業を徹底している。ブドウの房から乾燥した実や変色した実を手作業で取り除く大変な手間だが、五十嵐さんは「今できることを最大限にやる。それで少しでもいいものにしたい」と語っている。
