かつて小学校だった校舎を利用した文化施設・三浜文化会館(三重県四日市市海山道町)で1月31日〜2月1日、宮沢賢治の童話「銀河鉄道の夜」を題材にした回遊型リーディング公演が行われた。公募で集まった市民が出演し、観客は「銀河鉄道」の乗客として館内を巡りながら物語に参加。窓外に夜景が広がる練習室、底冷えする多目的ホールで描かれた船の沈没、創作スペースで目撃した赤い「サソリの火」など、多彩な場面を体感した。実際に歩き、観て、聞き、感じた旅の軌跡を紹介する。(Youよっかいち記者E)
「みはま号」の旅、始まる
会館入口に設けられた受付は「改札口」。「幻想第四次銀河鉄道特別列車みはま号 三浜文化会館→サウザンクロス」と印字された乗車券を手渡され、思いがけない「旅気分」が高まる。早くも気分は物語の中へ。
始発駅となるのは、ロビーの特設舞台。着席した乗客の前で、甲高い笛の音が「ピー」と鳴り、出演者たちの「シュ、シュ、シュ……」という声が重なっていく。人の声で表現される汽車の走行音が次第にスピードを増し、やがて「ポーッ」と汽笛。「ダン!」と停車音。「本日は幻想第四次銀河鉄道特別列車みはま号、サウザンクロス行きにご乗車いただき誠にありがとうございます」。
前半はロビーで、後半は館内を巡りながら物語を体験する。途中には物語の一部を飛ばす「快速運転」や乗客自身が読む「展示運転」もあるという。
ロビーでは、ジョバンニが銀河鉄道に乗り、カムパネルラと再会する場面までが描かれる。登場人物の役割は固定ではなく、19人の出演者が次々と入れ替わり演じていくが、不思議と違和感はない。台詞の受け渡しや立ち位置の移動は滑らかで、物語の流れを途切れさせない。わずか2週間という制作期間とは思えないほど、細かな動きや役割の転換が丁寧に組み立てられていた。

夜景が車窓になる練習室
いよいよ、切符に記された番号ごとに乗客が組分けされ、移動が始まった。階段では列車の中が、踊り場では北十字が、廊下では白鳥の停車場――、各所で場面が立ち上がり、建物全体が物語の舞台となっていた。
3階の練習室にたどり着くと、窓外に広がる夜景が目に飛び込んできた。三菱ケミカルの灯りが瞬き、近畿日本鉄道の電車が通過する。四日市の景色が、銀河鉄道の車窓と重なった。
ここでは、ジョバンニとカムパネルラが、化石の発掘を行う大学士たちと出会う「プリオシン海岸」の場面が描かれる。大学士を演じた酒井剛さんは、終演後、「初めてこの夜景を見たとき、本当に銀河を走る車窓からのパノラマのようで、しばらく見入ってしまいました」と振り返っていた。実景と物語とが溶け合うこの空間は、今回の回遊型公演を象徴する場面の1つといえるだろう。
さらに「車内販売」のていで、お茶とお菓子が振る舞われた。原作の鳥捕りの場面を模し、鳥の形をした焼菓子である。ユーモラスな小ネタやおもてなしを楽しみ、館内を巡る旅は、物語に参加している感覚をいっそう深めた。

底冷えの空間で描かれた沈没
次に、一行は1階の多目的ホールへと向かった。かつて体育館だった空間は天井が高く、足を踏み入れた瞬間にひんやりとした冷気がまとわりつく。ここで展開するのは、氷山に衝突して船が沈む情景だ。ジョバンニとカムパネルラは、ずぶ濡れの青年と幼い姉弟に出会い、青年が沈没の様子をせつせつと語り聞かせる。
「そのときにわかに大きな音がして、私たちは水に落ち、もう渦に入ったと思いながらも、この人たちをしっかり抱いて、ぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです――」(宮沢賢治『銀河鉄道の夜』より)
しんと静まり返ったホールに朗読の声が響く。讃美歌が厳かに流れ始めた。ぐおーん、ががーん、ぎぎぃ……。鉄が裂けるような轟音が天井高く反響し、何重にも折り返して空間を満たす。
体育館という建物そのものが演出の一部となっていた。広さ、冷気、残響。それらすべてが、船が深海へ沈んでいく感覚を増幅させる。乗客の誰もが、この凍てついた空間で、海に沈んでいくかのような錯覚をしたことだろう。
語り手の前を、幾人もの出演者がシャボン玉を吹きながら静かに通り過ぎる。無数の球体が光を受けて揺らめき、まるで海の中を漂う泡のように見えた。

夜の校庭に浮かび上がる「サソリの火」
銀河の旅も終盤に。最終地点となる創作スペースで着席すると、照明が静かに落とされ、空間は一瞬、完全な暗闇に包まれた。
やがて校庭に面した窓のブラインドが上げられると、夜の校庭に赤い光が現れた。丸く、燃えるようなその光こそ、「サソリの火」だった。地面には小さな灯りが点在し、星のように瞬いている。ここで語られるのは、イタチから逃げて井戸に落ち、死を前にして自らの行いを悔いるサソリの物語である。
「どうしてわたしはわたしのからだをだまっていたちにくれてやらなかったろう」(同書より)
語りが進むにつれ、赤い光はゆっくりと校庭を横切り始める。後に明かされたところによれば、照明を積んだ軽トラックをスタッフが押し、わずかな速度で移動させていたというが、生き物のように移動する赤い炎にしか見えない。
「どうか神さま。こんなにむなしく命をすてず、どうかこの次にはまことのみんなの幸のために私のからだをおつかい下さい」(同書より)
祈りの言葉の中、赤い光はなおもゆっくりと進み、やがて視界の端へと消えた。

銀河のお祭りにも参加
乗客には折り紙で作られたリンゴが一人ひとつずつ配られていた。内部に小さな灯りが仕込まれており、各自が簡易スイッチで点灯できる仕掛けになっている。
車掌が「リンゴを校庭のお好きなところに置いてください。皆さまの手で天の川をつくっていただきたいと思います」と促す。こうして、乗客も「ケンタウル村」のお祭りの風習に参加することになった。
冬の夜の校庭を流れる「天の川」。その中へ、各々リンゴの灯りをそっと置いていく。
終着駅の「サウザンクロス」が近づいていた。

満員御礼、文化祭のような祝祭の時間
両日とも「みはま号」は満員で、乗客からは「最初から最後までよかった」、「アイディアがすごかった」、「タイタニック号に乗っている気持ちになった」などの声が聞かれた。立地を活かし、館内を巡りつつ体感する構成、手作りの装置、観客自身が参加する仕掛け。その積み重ねが高い満足度につながったことがうかがえる。演出の志賀亮史さんは、稽古開始時に「皆で楽しめる文化祭のような祝祭的な時間になれば」と語っていたが、その思いは豊かに結実していた。
舞台版制作へ、期待とハードル
1年後には、舞台版の制作も予定されている。回遊形式で体験した物語が、ひとつの舞台空間にどう凝縮されるのか、興味は尽きない。観客の中には、「舞台版にせずとも、このままでいい」という声もあり、今回の公演の感動の大きさがうかがえた。その分、舞台版制作のハードルが自然と上がったと言えそうだ。「みはま号」に乗車した1人として、舞台版への期待がますます膨らむ。









