四日市市出身の漫画家矢田恵梨子さん  週刊誌連載の快挙作品  感動の「最終回」、好評博し続編連載決定

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 四日市市出身の漫画家、矢田恵梨子さん(34)が、1年3か月間、全力で取り組んできたマンガ「アカネノネ」が、7月3日発売の連載誌『週刊ビッグコミックスピリッツ』31号でひと区切りを迎えた。8月に発行される単行本5巻で完結することになっていたが、マンガアプリ「マンガワン」での好評を受け、このほど続編の連載が決まった。【「アカネノネ」第1巻の表紙=小学館提供】

 2021年の「スピリッツ創刊40周年記念連載確約漫画賞」で最終候補に残ったデジタル音楽の制作環境がテーマの作品を練り直し、「ボカロ」に焦点を絞った「茜色のコンポーザー」として翌22年3月「月刊!スピリッツ」で連載開始。幸運が重なり、7月から語感や字面の雰囲気が親しみやすい「アカネノネ」と改題し同週刊誌へ移籍することに。「こんなチャンスめったにない、やるしかない」と気合を入れて毎週訪れる締切との戦いに対峙した。

 有名音楽プロデューサーの父を持つ主人公は、人との関わりが苦手な音大生。コンペには落選続き、「ボカロP」として投稿している楽曲動画の再生回数も伸びず焦る日々。ある日、彼の曲を「歌ってみた」、と投稿している少女のアカウントを見つけたことで物語は展開していく。

【主人公が指導教授に心に響く言葉をかけられるシーン=小学館提供】

 ボカロとは、ヤマハが開発した音声技術「VOCALOID」と、そのソフトで制作した楽曲の略称で、「初音ミク」がよく知られている。ボカロ曲を制作する音楽家は「ボカロP」と呼ばれ、今やスマホ1つでボカロPになれる時代。令和の音楽業界に挑戦していく主人公の葛藤を軸に、周囲の人物の人生の断片をも掘り下げて描いている。

 主人公が出会った「歌い手」の少女が住む田舎の港町のモデル、三重県志摩市大王町は、矢田さんが四日市西高校時代、美術部の合宿で訪れ表現と向き合った原点と言える場所。恩師に「絵がうまいだけでは生き残れない」と諭され、「何が描きたいのか、誰に何を届けるのか」を初めて意識したという。

【否定されると思った自分の言葉が、受け入れられ……=小学館提供】

 テーマに選んだ段階では、自身がよく知らなかったというボカロ界隈だが、同カルチャー発展の経緯や、多くの人の心を動かしている現象に興味を持った。ゼロからのスタートだからこそ、同じようにボカロをよく知らない読者にも理解してもらえるアプローチができた。「主人公も最初はボカロ愛があったわけでなく、単なる手段として使っている。読んでいるうちに、主人公の成長と一緒に読者もボカロの魅力の深みにはまってもらえれば」。個性的な登場人物の言動の端々に、矢田さんの経験や取材先の思いが織り込まれている。

 過酷な制作ではあったが、「描いていてめちゃくちゃ楽しかった」。続編の連載が決まるきっかけになったマンガアプリでは、一気読みをしてくれる人が多かったそうで、同コメント欄やSNSに書き込まれた感想に、「言葉にして届ける大切さ、熱量は伝染する」と実感している。8月21日から始まる続編は、「プロ編」として主人公が更に高みを目指す物語。「これまではボカロ全体を描いてきたが、続編ではボカロを個人で開発している新キャラクターとの出会い等、一層深い世界に読者を誘いたい」。主人公同様、自身に向き合い続ける矢田さんの創作意欲は高まるばかりだ。

【丸善四日市店の「アカネノネ」コーナー=四日市市諏訪栄町】

 近鉄百貨店四日市店地下1階の丸善四日市店には、6月中に帰省して立ち寄った矢田さんのサイン色紙が飾られた「アカネノネ」コーナーがある。同店スタッフは、「ボカロになじみのない年代が読んでも共感できて引き込まれる」と話していた。

【矢田恵梨子さんプロフィール】 京都精華大学マンガ学部卒業。2015年、読切『真夏の電柱少年』で漫画家デビュー。同年、四日市公害犠牲者に寄り添い描いたマンガ「ソラノイト~少女をおそった灰色の空~」(2016年くんぷる刊「空の青さはひとつだけ マンガがつなぐ四日市公害」に収録)が公害犠牲者合同慰霊祭で展示された。2017年、四日市市環境活動賞受賞。

 

 

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