演奏が始まると、子どもたちの拍手と歌声が自然にこぼれた。コロナ期の制限が遠くなり、ステージへの反応をまっすぐ返す空気が戻っている――。四日市市文化会館(四日市市文化まちづくり財団)が続けてきた「学び舎音楽会」は今年で21年目。11月19日開催の四日市市立海蔵小学校で、市内37の全公立小学校での実施をついに達成した。
20年間、のべ265校で開催
学び舎音楽会は、同会館が2005年にスタートしたアウトリーチ事業だ。学校という日常の場にアーティストが出向き、子どもたちにクオリティの高い音楽を届ける。「多様な背景をもつ児童生徒に、平等に文化芸術の体験を提供したい」という思いから始まり、20年間でのべ265校の小学校で公演を重ねてきた。
節目の公演は海蔵小でKUNI-KENが出演
市内全小学校での開催達成の節目となったこの日、海蔵小学校体育館の特設ステージに立ったのは、同市出身の津軽三味線兄弟ロックユニット・KUNI-KEN。2人が三味線をかき鳴らし、迫力のロックサウンドで登場すると、子どもたちは目を輝かせて興味津々で出迎えた。
クラシックからヒット曲まで網羅したメドレーでは、自然に手拍子が起こり、「唱」(Ado )や「Bling-Bang-Bang-Born」(Creepy Nuts)では、子どもたちの歌声も広がっていく。
子ども時代の話や、海外のライブ経験談を交えながら、津軽三味線の象徴曲「津軽じょんがら節」を経てラストに至るまで、子どもたちの集中力が切れることはなかった。
(https://www.youtube.com/watch?v=WE0CmzrbBOE&t=1s)
子どもたちを惹きつける45分の構成力
音楽会の魅力のひとつは、45〜50分という限られた時間の中に、子どもたちを惹きつける工夫が詰まっている点だ。
地元三重や愛知で活動する多様なジャンルのアーティストが、曲の合間に楽器紹介やクイズを取り入れるなど、体育館というシンプルな空間でも退屈させない構成で、最初から最後まで子どもたちの興味をつなぐ。
プログラムのラストを飾るのは、その学校の校歌。プロの演奏に合わせて子どもたちの声が重なり、開催校独自の盛り上がりを見せる。

企画の原点は文化会館職員の「届けたい」思い
学び舎音楽会の発案は、当時、アマチュアビッグバンドで演奏していた文化会館職員による。身近な学校で子どもたちに本物の音楽を届けたいとの思いから生まれ、今日まで続く礎となった。
「生の演奏に触れたときの反応が変わった」
現在、企画運営に携わるアートディレクターの油田晃さんは、コロナ禍以降の子どもたちの反応に手応えを感じているという。「生の演奏に触れたときの反応が以前より強い。声を出していい、笑っていい。その感覚の大切さを実感したからこそ、ライブに素直に反応できるようになったのだと思います」。

学校が多様な文化芸術と出会える場に
「どんな子にも芸術を届けるには、僕らが学校に出向くしかない」と油田さんは話す。「会館で開くワークショップや公演は、どうしても興味のある家庭の子が参加しやすい傾向があります。でも、学校での公演なら、普段あまり芸術に触れられない子にも自然に届く。それがこの事業の大きな意味です」。
20年間の積み上げは、学校現場にも確実に浸透してきた。その表れが、四日市市の受託事業として2024年から始まった演劇表現による次世代育成事業「よっかいち小さな劇場」だ。市内の学校に演劇表現を届ける取り組みで、学び舎音楽会とは別に実施されている。音楽会の受け入れに慣れた学校側とは実施についての話が早く、スムーズに進むという。「音楽会の実績で学校と信頼関係が結べたと思います」。

残る課題とこれから
一方で課題もある。市内の多くの公立小中学校では体育館の空調が整っておらず、開催できる時期がどうしても限られる。整備が進めば、年間実施数をさらに増やせるという。
また、コロナ禍を境に距離が生じた特別支援学校への再アプローチも今後の目標だ。中学校についてはオーケストラ編成での演奏を届けているが、予算の都合もあり、まだ全校には行き届いていない。

この日、海蔵小学校で響いた音は、20年分の和音でもある。子どもたちの笑顔は、未来のアーティストや文化を支える担い手の芽吹きの表れだ。油田さんは、「たとえ何を見た・聴いたということは覚えていなくても、生のライブでみんなと大きな声を出した・笑った・歌ったという一緒に過ごした時間が子どもたちの記憶に残ることが大切なんです」と力強く語った。








