三重県四日市市塩浜に、中古コンテナを改装した「しんちゃんのお店」がある。看板には「たこ焼き」「天理スタ麺」「ソフトクリーム」「ビール」などのメニューの他、凛々しい店主の顔とタコのイラストが添えられている。店内は4人掛けのテーブルが1つだけだが、週末になると客が途切れない。

小さな店になぜ?全国から客
店を切り盛りするのは、「しんちゃん」こと81歳の店主・新井元治さんと、パートで84歳の看板娘・服部正子さんだ。2人の人柄に引き寄せられ、訪れた見知らぬ客同士が自然に会話を交わす。取材時には、動画で店を知って、たこ焼きとソフトクリームを目当てに滋賀県大津市から2時間かけて男性が訪れていた。店内にある客の書き込みノートには、九州や海外からの記録も残り、遠方からの「わざわざ客」も少なくない。

「服部さんにしかできない」ソフトクリーム
人気の理由の1つは、服部さんのソフトクリームにある。SNSやテレビで「芸術的」と話題を呼んだその一品は、少し固めのクリームがコーンからはみ出して落下しそうになりながら盛り上がる独特の形だ。盛り付けの様子を生で見ようと訪れる人が絶えず、誰もが「服部さんにしかできない」と称賛する。
落ちそうで落ちない様子を動画に収めるのが定番になっており、インスタグラムでは、バズって2500万回以上再生されたショート動画もある。ところが、しんちゃんも服部さんも、SNSでの拡散については、いまいちよく分かっていないようだ。

服部さんは服飾学校出身で、理容師と調理師の免許を持つ。若い頃から調理師として働き続けてきた経験を生かし、たこ焼きや天理スタ麺など店のメニューを一手に担い、全面的にしんちゃんを支えている。
しんちゃんこだわりの「踊るたこ焼き」も
たこ焼きにもこだわりがある。70歳まで土建業を営んでいたというしんちゃんは、2016年のオープン前に有名店を食べ歩いて研究を重ねた。「冷凍だと味が落ちる」と考え、鳥羽市沖の菅島で仕入れた新鮮な生ダコを店でさばき、大きめに切って使用する。1皿650円で、季節のフルーツが添えられることもある。開店当初に導入した自動たこ焼き機は、スイッチひとつで生地が回転し、しんちゃんはそれを「踊るたこ焼き」と呼ぶ。


地域ローカルから全国放送まで
開店から10年目に突入した「しんちゃんのお店」は、これまでに中京テレビ「PS純金」、日本テレビ「月曜から夜ふかし」、テレビ朝日「ナニコレ珍百景」など多くの番組で紹介されてきた。名古屋からのバスツアーの行程に組み込まれたこともあるという。
今年8月30日、31日には、日本テレビ系列「24時間テレビ」の募金会場(四日市市・朝日ガスエナジー本社)に出店し、猛暑の中で200個のソフトクリームを提供した。

世代と地域をつなぐ交流の場
テーブルを囲めば、知らない者同士が自然に会話を交わす。話し好きのしんちゃんはにこやかに言う。
「あらゆる世代や地域のお客さんが来てくれて、おしゃべりするのが楽しい。小さな子がタブレットを持って『動画で見た』って親に連れてきてもらうこともあって、本当にうれしい」
「しんちゃんのお店」には、人と人とがつながる温かな時間が流れ、駄菓子屋に立ち寄った放課後や、夏休みに遊びに行った田舎の祖父母の家のような懐かしさがある。しんちゃんと服部さんの笑顔と会話が、ここだけの空気を生み出している。