四日市を吹きぬける「ミモザの風」60歳で始めた短歌 18年の時を編んだ初歌集刊行

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初歌集『ミモザの風』を手に持ち、ほほえむ小野田紀子さん
【初歌集「ミモザの風」を手にほほ笑む小野田さん】

 淡い黄色の花房が風に揺れるように、きらめく言葉がページを渡っていく。小野田紀子さん(78)=三重県四日市市楠町=が昨年9月、鳴海出版内露滴房から刊行した初の歌集「ミモザの風」。短歌総合誌「角川 短歌」2026年新春特大号の「歌集歌書を読む」欄では、「具体から紡ぎ出される感覚の表現が魅力的で、深い余韻を残す」と評された。

 60歳で短歌を始めて18年。英語教員として教壇に立ち続けた日々や家族への思い、猫との暮らし、そして半世紀を過ごした四日市の風景などを詠んだ約370首を収録している。



短歌との出会い

 父母や叔父、叔母が短歌を詠む環境で育った小野田さんだが、自身は正式に短歌を学んだことはなかった。高校で英語教師として長く勤めるなか、言語としての日本語の美しさに強く惹かれるようになったことが、短歌へ向かう土台になったと振り返る。

 名古屋を拠点とする短歌会「彩雲」に参加したのは、今は亡き母の紹介がきっかけだった。以前から「いつかやってみたい」と思っており、60歳を迎えた頃、その気持ちが形になった。

 今回の歌集刊行は、「彩雲」代表の田中伸治さんの勧めによるものだ。小野田さん自身は「まだまだ」と感じ、なかなか踏み出せずにいたが、2年前思い立ち、これまでに作った約600首に改めて向き合うことに。

 時系列に並べる編年体ではなく、制作時期をあえて混在させ、大まかな章立てを行ったうえで全16章の構成にした。

母への思いを詠んだ短歌が並ぶ、歌集「ミモザの風」の誌面
母への思いを詠んだ歌が並ぶページ


思い出を詠む、日常を詠む

 歌集には、父母への思い、幼少期の記憶、望郷の念、家族や飼い猫とのひととき、自身の内面や創作に向き合う時間など、多彩な主題が並ぶ。

 暁高校(四日市市萱生町)で、英語を教えていた頃の教室の情景も印象的に詠まれている。一度退職したのち、再任用で再び教壇に立っていた60代には、生徒と過ごす日々を題材にした歌が多く生まれた。

御在所のロープウエーの灯が灯り
英検対策講座を終へる

 教室からは、御在所ロープウエイの明かりがよく見えたという。

そして今日フルネームにて読み上げる
君たちの名を別れの三月

 卒業の季節を詠んだ一首には、生徒一人ひとりを見つめてきた教員としてのまなざしがにじむ。


四日市という街

 四日市の風景を多く収めたのは、「揺れながら」と題した章だ。1974年に転居してきた当初は、「なんて薄汚い街なんだろう」と暗澹たる気持ちになったというが、それから半世紀をこの街で暮らし、今では「美しい街」だと感じている。

銀色のひかりをこぼす煙突の
街をつきぬけ職場にむかふ

この街に長く暮らせば海風に
倒るる白き煙もいとし

明け方のコンビナートを悠悠と
上目づかひの猫がゆくなり

 工業都市ならではの景観を、日常の一場面として静かに描き出す。


言葉の行き先

 書道を習い始め、「風」という字の2画目のハネの書き方について教わった経験を詠んだ歌がある。

風の字の撥ねのゆくへの定まれる
わが着地点あらたに見えて

 文字のハネには着地点があり、そこを定めて筆を運ぶ――そのことを知り、自身の目標や行き先を見定めたような感覚になったという。

 コロナ禍に詠んだ一首も、言葉への姿勢を端的に表している。

口紅は塗りますマスクに隠しても
ことばにいのちみなぎるやうに

歌集「ミモザの風」の表紙に用いられた、小野田さんの自宅の庭に咲くミモザ
表紙に用いた自宅の庭のミモザ

ミモザの風が吹きぬける

 歌集の表題「ミモザの風」は、小野田さんが好む花に由来する。春を告げるミモザは、自宅の庭にも咲きこぼれ、表紙にはその庭のミモザの写真を採用した。

わが裡にあふるるすべてを手渡さむ
ミモザの風よ吹きぬけてゆけ

 「歌集を作ってみて、『これが私だ、私の人生だ』と思いました」。完成した歌集を読み返し、涙がこぼれたと明かす。自身の歩みをミモザの風に乗せて、小野田さんは今日も三十一文字に臨む。

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