富田音頭のにぎわい舞台で復活、観客も手振りで踊る、四日市で西川流「里寿会ゆかたざらい」

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発表会の出演者や子どもたちが一緒に富田音頭を踊った
【発表会の出演者や子どもたちが一緒に舞台で踊った富田音頭=四日市市下之宮町】

 三重県四日市市のあさけプラザで7月19日、西川流日本舞踊の「里寿会ゆかたざらい」が開かれ、にぎわい復活を願っての「富田音頭」がフィナーレの舞台を彩った。かつての盆踊りでの隆盛を知る年配の人や若い親子もいっぱいの会場でも身振りをそろえるなど、一緒に踊りを楽しんだ。

 「ゆかたざらい」は、日本舞踊などの伝統芸能でお稽古の成果を発表する催しで、「ざらい」は「おさらい(復習)」から。豪華な衣装に頼ることができない浴衣で踊ることは基本が身についているかを試されることでもあるが、涼しげな浴衣は夏らしさも演出する。「さくらさくら」「祇園小唄」「高砂」などよく知られた楽曲など20近くの演目の最後で「富田音頭」は披露された。

ゆかたざらいの発表の様子
ゆかたざらいの発表の様子

 舞台で踊ったのは、発表会の出演者のほか富田文化幼稚園、マリア・モンテッソーリ幼稚園の子どもたちや津田学園小学校の職員、地元の富田活性化プロジェクトの大人たちなど約80人。「水も真澄な富田の浜はアーヨイヨイ」など、富田地区の風景や生活ぶりを歌詞に載せた音頭に合わせて踊った。

子どもたちも浴衣で富田音頭を踊った
子どもたちも浴衣で富田音頭を踊った

 会場では300人近くが見守ったが、地元でも踊る機会が減っていた「富田音頭」をもう一度みんなに知ってもらい、盆踊りで交流できる場を取り戻したいと願うこの日の狙いを知る人が多く、一緒に手振りをするなど、舞台と一体になってのひとときになった。

 昭和47(1972)年に富田地区の有志の努力であらたな富田音頭が作詞作曲された時、振り付けを考え、レコードジャケットの写真にも載ったのが西川里寿さんで、里寿会を昭和44(1969)年に立ち上げた。指導を引き継いだ娘の西川千穂寿さんは、「このまま富田音頭が消えていってしまうのは寂しい。富田に新しく住む人との交流のきっかけにもなるはず」と、母娘で相談して、今回の舞台を考えてきた。

 この日、会場入り口のホワイエには、当時のレコードジャケットの拡大コピーとともに、富田音頭の踊りで使われた浴衣が展示されていた。地区市民センターに20着分が保存されているという。今回の発表会をきっかけに「富田音頭を初めて知った」という声も千穂寿さんには届いているという。

会場に展示された富田音頭で着た浴衣
会場に展示された富田音頭で着た浴衣
舞台で踊った全員で最後のご挨拶
舞台で踊った全員で最後のご挨拶

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