書家として研鑽を積む日々、四日市羽津医療センターを定年退職した位田弥生さんの人生ステージ

,
書道教室の位田弥生さん(前列右)。隣にすわる恩師の荒木敬子さんや教室の仲間と
【書道教室での位田弥生さん(前列右)。隣にすわる恩師の荒木敬子さんや仲間と=四日市市茂福】

 三重県の四日市羽津医療センターを定年退職した位田弥生さん(60)が、次の人生のステージを書家活動に定め、研鑽を積んでいる。6月の第76回みえ県展で自身初の入賞「優秀賞」を受賞し、今は恩師の書道教室を手伝いながら当面の目標「日展入選」をめざしている。

みえ県展で優秀賞、西行法師の和歌をかなで

 県展で優秀賞(三重県議会議長賞)を得た作品「葉がくれに」は、歌人として名高い西行法師の平安時代の和歌二首をかなで書いた。審査では「爽やかな連綿の中に横への動きも兼ね備え、墨の集団と疎密の美しさが際立つ作品」との寸評をもらった。桑名市で7月3~5日にあった中部日本書道会北勢支部展では、与謝蕪村の代表的な句を書いて出品した。

みえ県展で優秀賞を受賞した作品と位田弥生さん
みえ県展で優秀賞を受賞した「葉がくれに」と位田弥生さん
中部日本書道会北勢支部展に出品した作品
中部日本書道会北勢支部展に出品した作品

 位田さんは、四日市羽津医療センターが社会保険羽津病院だった時に病院勤務を始め、総務や経営に関する仕事をしてきた。当時の松本好市院長が書の師範でもあり、かな研究を代表する正筆会の荒木敬子さん(現在は正筆会常務理事などを務める)に依頼して院内の書道サークルをつくった。位田さんも松本院長から誘われ、看護師ほか職員らにも声をかけ、週1回、食堂を教室にお稽古が始まった。16年前、40代でのスタートだった。

転勤生活の中でも書を続ける

 総務関係の仕事では、さまざまな業務で緊張が続いたが、書に打ち込んでいる時は集中していられ、書が好きになった。病院が今の地域医療機能推進機構へ移管されると、転勤も導入され、位田さんは静岡、岐阜、愛知で6年間の転勤生活をした。病院の書道教室はなくなったが、位田さんは菰野町の自宅に戻る時には四日市市内の荒木さんの教室へ課題などの制作を持参し、指導を受け続けた。

 正筆会がなか研究の代表的な団体のため、荒木さんも位田さんも、かなが中心だが、正筆会では書道の全体像を学ぶために、かな、漢字、実用書、硬筆の四つの部門で師範があり、位田さんは2016年から2019年にかけて、すべてで師範の認定を得た。2019年には正筆会の展覧会で自らの初入選をし、2020年以降には日本書芸院展、読売書法展などでも入選している。

定年を機に書に専念しようと決心

 2026年の春、四日市羽津医療センターの総務企画課長で定年を迎えた時、引き続き病院で勤める道もあったが、位田さんは書に専念することを選んだ。「何かひとつのことに集中して形にしたいという気持ちが強くなった」と話す。

 位田さんは4月以降、月1回、正筆会の会長でもある黒田賢一さんの名古屋教室にも通って、ひとつ上の指導も受けている。黒田さんは日本のかな書の第一人者で、日本芸術院会員、文化功労者でもある。位田さんは「その筆から生まれてくるかな文字を見ていると、どうして、こんなふうに書けるのだろうと、魔法を見ているようです」と話す。

 荒木さんは、位田さんの書について、「古典となる筆もよく勉強され、基本がしっかりした字を書く。そのうえで、自分なりの作品にしていく力もあり、指導者としても十分です」と評価する。

荒木敬子さん(左)の指導を受ける位田弥生さん
荒木敬子さん(左)の指導を受ける位田弥生さん

秋には自宅で教室を開く予定も

 位田さんは今、いつか、荒木さんや黒田さんのあとを追って、少しでもその境地に近づきたいと練習を重ねており、それがとても楽しいという。「かなを専門にする人は書全体では少ないそうですが、私は荒木先生に出会ったことが、とても幸せだったなと思います」とふりかえっている。

 位田さんは今年秋ごろから自宅で教室を開く予定で、少しでも多くの人に書道の魅力を伝えていきたいと考えている。

こんな投稿もあります。