企画展「レコードが語る四日市と四郷のすがた」が9月27日までの土日、三重県四日市市西日野町の旧四郷村役場(四郷郷土資料館)で開かれている。古い時代の音楽や歴史上の出来事を記録したレコード盤から四日市や四郷地区のかつての姿が浮かび上がる切り口が楽しく、9月26日には追加開催の学芸員による解説会も開かれる。
90年前の蓄音機や「四日市小唄」のレコード盤
会場には、90年前に発売された蓄音機(レコードの音や記録を再生する機械)のほか、戦前に収録されたご当地ソングの「四日市小唄」、工場の生産を高めようとつくられた「増産音頭」などのレコード盤、1936(昭和11)年に四日市港の完成を祝って開かれたという「国産振興四日市大博覧会」の資料など30点近くが展示されている。
1930(昭和5)年に発売された「四日市小唄」は、西條八十作詞、中山晋平作曲で、四日市大博覧会の会場でも流れたという。日本初のレコード歌手といわれる佐藤千夜子が歌っていた。1番から8番の歌詞には四日市港、萬古焼、諏訪の祭り、思案橋、霞ヶ浦などが歌い込まれ、四日市をPRする歌にもなっていたようだ。
美空ひばり、北島三郎育てた四郷地区出身者
今回の企画展を考えたのは四日市市文化課の学芸員河西一成さん(25)。皇學館大学で近現代史を研究したが、古いレコードから歴史的な情報が得られることに気づかされ、個人で古いレコード盤などを収集しているという。「四日市小唄」のレコード盤に出会い、四郷郷土資料館にも大切に保存されてきた古いレコード盤があることを知り、開催を決めたという。若い学芸員と四郷地区の人の協力でできあがった企画展ともいえそうだ。

四郷地区にちなんだ展示では、「日本コロムビア」のプロデューサーとして美空ひばりや北島三郎を発掘してスターに育て、後に「日本クラウン」を創業した伊藤正憲さんを紹介している。1992年に亡くなった時の東京中日スポーツの記事のコピーが展示されており、記事中には北島さんのコメントなどが紹介されている。今回、親戚にあたる室山町の神楽酒造方から幾つかの資料を借りて展示した。
また、資料館に保存されていたレコード盤の中には、四日市の経済を牽引したとされる四郷地区らしい「増産音頭」も。1943(昭和18)年当時、地区にあった製糸工場やメリヤス工場で働く人たちの気持ちを高めようと、工場で流れていたらしい。
戦後の1949(昭和24)年に収録された総司令部(GHQ)前労働課長による講演「労働運動発展について」を収録したレコード盤もある。四郷地区が当時、労働組合の事務所も存在した産業の中心地だったことをうかがわせる。


四日市にはヨーロッパからの電波を受けた施設も
ベルリン五輪(1936年)の200メートル平泳ぎで日本人女性初の金メダルを獲得した前畑秀子選手の活躍は日本中を沸かせた。中でも、実況放送を担当したNHKの河西三省アナウンサーが、最終盤のデッドヒートで「前畑がんばれ、前畑がんばれ」と叫び続けたことは有名で、会場にはその模様を収録したレコード盤も展示されている。
当時、ベルリンからの通信は、現在の四日市市海蔵地区にあった対欧無電局(日本無線電信株式会社四日市受信所)などで受けていたという。同無電局は日本とヨーロッパの通信を目的に1928(昭和3)年にできたといい、実況放送については国際電話株式会社の小室受信所などでキャッチしたとされるが、新聞社や通信社の外電は四日市の対欧無電局が受けたともいわれており、歴史的な瞬間に四日市がかかわっていたといえそうだ。


9月26日には学芸員による解説会も開催
企画展は9月27日までの土日(開館日)の午前9時から午後4時まで、2階の旧会議室で見られる。主催は四日市市シティプロモーション部文化課で、四郷郷土資料保存会、神楽酒造株式会社の伊藤隆造さん・朝和さん、皇學館大学文学部国史学科の長谷川怜准教授が協力した。
9月26日の解説会は午前11時からと午後1時30分からの2回あり、文化課学芸員の中西崚さんが担当する。レコード盤を実際に聴きながらの説明をしてくれる。入場無料で、事前の申し込みなどは不要。
旧四郷村役場(四郷郷土資料館)は1921(大正10)年に建設された「日本一の村役場」と評された建物を修理、保存して、四日市の近代化の歩みなどを紹介している。1982(昭和57)年に市の文化財に指定された。















