三重県四日市市の羽津地区で7月4日、「米洗川(よないがわ)いきもの探し!」があり、小学生らが網を手に、ふるさとの川にいる魚やカニなどの生きものを獲って観察した。市街地を流れる小川だが、海に直接つながっているために遡上する魚も多いという。子どもたちは小さな命が自然のなかで懸命に生きている様子を知ったようだ。
羽津地区まちづくり推進協議会などの主催で、2024年から毎年開いて、今回は3回目。2025年度は7月の「いきもの探し」のほか、協力してくれている市民団体の人たちが年間を通しての調査を重ね、四季を通じた米洗川の調査へと発展した。今年度も1年を通しての調査を続けるという。
米洗川は、672年の壬申の乱の時、大海人皇子(のちの天武天皇)が勝利を願い、神撰米を洗って太陽を拝んだと伝えられる。過去には大雨で人が流されたこともあったようだが、今では川の両側にガードレールが張られて、子どもたちはふだんは入れない川になっている。

羽津北小学校に通う子どもたちには、毎日の登下校で見慣れた川。「いきもの探し」の時は公認で川に入れるため、毎回、多くの子どもが参加している。今回も予定した90人を上回る130人以上の子どもが参加し、付き添いの保護者やボランティアを含めると300人を超す大イベントになった。
今回も、暁高等学校理科部の勝矢晃太さんや生徒たち、市民団体「魚と子どものネットワーク」の新玉拓也さんたち、高校の理科の先生の藤井亮さんが協力してくれた。子どもたちは、大人に手伝ってもらって川に降り、網で草の根あたりを探ったりして、さまざまな生き物を見つけ、手持ちの水槽などに入れて観察した。川に入って30分もしないうちにウナギやフナが何匹も見つかった場所もあり、歓声が上がった。


羽津地区まちづくり推進協議会の内田寛会長は、子どものころからこの川に親しんで育ったといい、子どもたちが夢中になっているのが楽しそうだ。いつか、調査の結果を「米洗川のいきもの図鑑」としてまとめたいと考えているが、この催しは、ずっと地区の行事として続いてほしいと願っている。
内田会長は、子どもたちの川への関心度も変わったと言う。「上流から、いつもと違う色の排水が流れて川が汚れたことがあった。それを最初に見つけて通報してくれたのが子どもだった。川が身近になったのでしょう」と話す。
川には、ごみや、治水工事の時の資材と思われるものがそのままになっていることもあるという。観察のついでにごみは拾い集め、高学年の子どもたちには、とくに環境の面から川を見てほしいと協力を求めた。









