ノーベル生理学・医学賞を受賞した坂口志文さんの妻で研究者の坂口教子さんが10月20日、母校の三重県立四日市高校を訪れ、研究についての講演会、生徒との交流会に出席した。母校の再訪は50年ぶり以上になるのではないかという。
坂口教子さんは現在、大阪大学招聘教員で、同大学免疫学フロンティア研究センターで研究している。午前中は、四日市市文化会館で講師を務め、「夫婦で免疫研究40年 ノーベル賞への道」と題して話した。四日市高校1~3年の約960人と保護者やOBらの1000人超が耳を傾けた。

海外での研究生活も含め、夫の志文さんとともに研究してきた。過剰な免疫反応を抑える制御性T細胞の発見と免疫疾患での意義を解明し、2025年、「末梢性免疫寛容に関する発見」によりメアリー・E・ブランコウさん、フレッド・ラムズデルさんとともに志文さんはノーベル生理学・医学賞を受賞した。
講演では、免疫反応に関するテーマをどのように研究してきたかをグラフや解説図を用いて話した。ノーベル賞受賞者とともに歩んできた研究者だけに、聞いている生徒たちにも大きな刺激になった様子だ。
午後は四日市高校に入り、久しぶりに校舎内を歩いた。その様子も、生徒たちの制服姿も、目新しい風景に見えたようだった。生徒が自らテーマを持って深める「探究」の授業の様子を見学し、その後、帰りの電車に間に合う時間まで、13人ほどの生徒との交流会に参加した。


生徒の多くは医学部志望のようで、坂口さんが名古屋市立大学医学部卒で皮膚科医でもあったことから、医師になっての心構えなどを質問する生徒もいた。
坂口さんは、夢を語るだけでなく、時に、医師の置かれる忙しさなどの現実に触れ、「自分が何をしたいか、よく考えて」と助言。救急医に向く人がいれば、学問をやりたい人もいるとし、自分らしい道を選ぶことを勧めた。
研究者の立場からは「人がやりそうなことはやらない」「女性研究者の将来は、これからは明るいかも知れない」「周りの人と仲良く、うまくやっていきなさい。変えなきゃいけない時は変えられるように。がんこにならないことも必要なこと」などの言葉もあった。
生徒たちは坂口さんを玄関まで見送ったが、途中、生徒の研究発表が廊下に掲示してあると、しばし、その前に立ち止まって、内容を研究者らしい鋭い目で追っていた。

志文さんがノーベル賞を受賞した2025年10月当時、教子さんは71歳と報道されている。記者が今の年齢を確認しようと、ぶしつけな質問をしたところ、「年齢などもういいわ。国家秘密よ」などと笑顔でかわされた。世界の先端で活躍する研究者の凛とした姿を見たような気がした。
















