三重県四日市市楠町で毎年10月に行われる「南楠鯨船まつり」が近づくと、老舗衣料品店「総合衣料のサカクラ」(同町南川旭)は、一年で最も忙しい時期を迎える。店内には祭りで使われる法被や帯、足袋などが並び、注文に合わせたオリジナル品の製作も進む。
1938年創業の同店は、婦人服や紳士服、作業着、寝具などを扱う店として営業してきた。南楠鯨船まつりで使われる用品も創業当時から手掛けてきたという。
広がるオーダーメイド需要
昔は祭りで身につける品を、各家庭のお母さんやおばあさんが裁縫して作ることが多かった。そのため、店でオリジナル品を作る機会は今ほど多くなかったそうだ。しかし、裁縫をする家庭が減り、現在は外注するケースが増えている。近年は、「人と違った独自のものを持ちたい」という需要もあるという。
現在、オーダーで手掛けているのは帯、たすき、手甲、足袋など。文字入れは名前だけでなく、好きな文言を指定することもできる。「こんなの作れる?」という相談を受け、素材選びや型紙づくりから始まる注文にも応えている。

右:その品を身に着けて鯨船まつりの練りに参加した注文者
「鯨船まつり愛」で生み出す
唯一無二の特注品
同店ならではの強みは、南楠鯨船まつりを知り尽くしていることだ。4代目の坂倉有紀さん(42)自身も、子どもの頃からこの祭りを見て育った。当時、女の子は練りに参加できなかったが、鯨船にはいつもついて回ったという。
祭りを知り、好きだからこそ、注文者が何を求め、どんな思いを込めたいのかをくみ取り、形にすることができると自負している。鯨の顔に使われている布と同じ素材で腹帯や手甲を仕立てるなど、祭りへの愛着が製作にも表れている。「少し涼しくなってくると、祭りの季節だ!と気持ちが浮き立ってくるほど大好きです」と坂倉さんは笑う。

右:その品を身に着けて練りに参加した注文者
昨年のオーダーは、大きなものから小さなものまでおよそ50点。今年も同じくらいの注文が見込まれている。ペット用の法被の注文もあるという。
注文者の中には、祭りが終わった直後から翌年のグッズのことを考え始め、春ごろには相談や注文をする人もいる。本格的に注文が増えるのは8月以降。8月末から9月いっぱい、そして祭り当日までが1年で最も忙しい時期となる。

右:その品を身に着けた若者5人
黒地に黒糸の刺繍、細部のこだわり
昨年制作した帯の中には、南楠鯨船保存会オリジナルで「祝」の文字を図化した「エビ」と呼ばれるマークを鮮やかな赤糸であしらい、黒地に黒糸で「鯨船の唄」の歌詞を刺繍したものもある。一見すると気付きにくいが、よく見ると歌詞が入っていることが分かる、こだわりの品だ。

坂倉さんは「注文をもらって、一から作っていくのがおもしろい」と話す。注文者のこだわりを聞き、それを実現していく過程に、ものづくりの面白さを感じている。
伝統小物の手仕事から当日のSOS対応まで
制作に時間がかかるのが、地元で「こっさげ」と呼ばれる「腰下げ」だ。腰にぶら下げる飾りで、魔除けや、転んだときのクッション代わりともいわれる。船につく若い衆は、船側とは反対側の腰に下げるのがならわしだという。

一つひとつ縫って綿を入れ、それぞれをつなげていく昔ながらの細かな作業を担っているのは、坂倉さんの大叔母に当たる、同店往年の看板娘・春香さん(88)。坂倉さんは紐を編み、最後につなげる作業などを担当している。
年間を通して修理も受け付けており、穴開きやほつれ、ゴムの交換などにも対応する。祭り当日にも「ボタンが取れた」といったSOSがあれば、急きょ修理することもある。既製品の法被や股引きなども各種サイズを取りそろえており、成長してサイズが合わなくなった子どもが、毎年買い替えに訪れる。
豆絞りを使ったヘアクリップ、ヘアゴム、シュシュなどのヘアアクセサリーも扱っており、2026年は新作として、子どもから大人まで使えるフリーサイズのカチューシャも加わった。

祭り当日のお楽しみ
坂倉さんの一番の楽しみはまつり本番。自分が手掛けたグッズを身に着けた人たちが、さっそうと鯨船を担いだり、鯨役を務めたりする姿を見ることだ。
今年も多くのオーダーが寄せられているが、その内容はまつり当日まで秘密だという。注文者から「本番で披露したい」という希望があるためだ。どんなものが出来上がったのかは、当日、身に着けた姿を見てのお楽しみ。坂倉さんにとっても、自分が手掛けたものが祭りの中で実際に使われる瞬間が待ち遠しい。

四日市市指定無形民俗文化財
「南楠鯨船まつり」
南楠鯨船まつりは、楠町南五味塚の南御見束神社を中心に行われる伝統行事で、四日市市指定無形民俗文化財。鯨船「龍神丸」が張り子の鯨を追い、船上の踊り子が銛を投げる勇壮な姿が見どころの1つとなっている。2026年は、10月10日(土)、11日(日)に開催される。
※昨年製作されたオーダー製品写真と坂倉さんの子ども時代の写真は、総合衣料のサカクラ提供














