三重県菰野町のパラミタミュージアムで10月2日、「没後60 年 川端龍子展 KAWABATA Ryushi」が始まった。近代日本画の巨匠のひとりにも挙げられ、「会場芸術」と呼ばれた活動の理念など、常に社会の先端を走るような新しい表現を見せたとされる。今回は小学生のころに描いた習作から晩年の作品までを集め、川端龍子の全体像に迫る内容になっている。11月29日まで。
川端龍子(本名・昇太郎、1885~1966)は和歌山県生まれで、10歳のころ、家族と上京、18歳の時に読売新聞社の「明治三十年画史」に入選し、画家の道を意識したという。洋画の基礎を学んだものの、雑誌の挿絵を描くなどして生計を立てたが、絵の研究のため単身で渡米した時にボストン美術館で見た日本の古美術に感銘を受け、日本画に転向、1915年の再興第2回日本美術院展覧会で入選した。
1928(昭和3)年に同院を脱退し、翌年、在野の日本画団体「青龍社」を創設、独自の道を切り開くようになる。日本画は床の間に飾る芸術と見られていた時代にあって、展覧会の鑑賞スタイルが変化していることを見抜き、多くの大衆が同時に鑑賞でき、会場の空間とともにあるような大きなスケールの作品を次々に発表していったという。
今回の展示では、パラミタミュージアム所蔵の14点と大田区立龍子記念館の所蔵品など計55点を紹介している。小学生のころに描いたとされる植物などの絵が会場入り口すぐにあるが、すでに力を発揮している。挿絵の数々、再興第1回院展で落選した作品なども紹介されている。

スケールの大きい作品の数々は、目の前に立つと、何かを物語ってくるかのような迫力を感じる。「草の実」は六曲一双で、各縦177.2センチ×横382.7センチ。「孫悟空」の作品となると、243.0センチ×728.0センチの大きさだ。
第2室を入ると目に飛び込む「龍巻」は、やや暗い色調で、海中の生きものが上から下へと落ちてくるように描かれていて、不安な気持ちにさせる。日米開戦へと向かう世の中の空気感がそこに描かれているという。

その横にある「爆弾散華」は、一見すると植物を描いた美しい絵だが、これは、終戦2日前の1945(昭和20)年8月13日に龍子の自宅も巻き込まれた爆撃で、自宅裏庭で育てていた野菜などが吹き飛ばされたところを、スローモーションのようにとらえた表現だという。戦争画とは思えない美しさの中に、戦争の恐ろしさを描いた圧倒的な作品といえそうだ。

展示の終わりの方で、書「画人生涯筆一管」が展示されている。龍子の芸術に向かう覚悟や気概がそこから伝わるかのようだ。

開催期間中、10月11日午後2時から記念講演会「日本画家・川端龍子の会場芸術」があり、大田区立龍子記念館の木村拓也副館長が話す。当日入館者はだれでも聴ける。パラミタミュージアムの所在地は菰野町大羽根園松ケ枝町。入場料は一般1000円(4枚セット券3000円)、大学生800円、高校生500円、中学生以下は無料。
















