「教え子を再び戦場に送るな」。三重県四日市市の小学校教員が、8月に開かれた平和学習の研修会で語った言葉だ。戦争体験者が少なくなる今、平和をどう教えるのか――。その問いに向き合う教員たちの学びの場を取材した。
この研修会は、四日市市・三重郡の教職員研修を担う三泗教育研修運営委員会の平和教育分科会が企画し、約80人が参加した。分科会では、各校での平和教育の実践を支え、地域の戦争遺産や聞き取りをもとに教材化を進めている。

三泗地区で80人が参加 平和学習研修会
この日は、平和学習の取り組みの実例が紹介された。校区が四日市空襲で大きな被害を受けた浜田小学校(北浜田町)では、毎年、児童に空襲について伝える時間を設けている。5年生の授業では語り部を招き、直接話を聞く機会をつくった。児童からは「戦争について知ったことをほかの人に伝えたい」といった前向きな感想が寄せられたという。
一方、討議では「四日市公害について学ぶ機会はあるが、四日市空襲を詳しく扱う授業はほとんどない」という声も上がった。国語の教材などで戦争を扱うことはあるものの、どこまで踏み込むかは教員の裁量に委ねられている。
鈴鹿市出身の教員は「教職に就くまで四日市に空襲があったことを知らなかった。大人が正しい情報を得て、知識をつけていかないといけない」と話した。
出口敦子さんが語る“語り継ぐ”活動
今年度の分科会テーマは「語り継ぐ」。この日は、四日市空襲の体験談を朗読し、動画「四日市空襲を語り継ぐ」を制作している出口敦子さん(四日市市在住)を講師に招いた。出口さん自身は戦争を経験していないが、朗読会や講演を続けてきた。今回の講演依頼も、出口さんの地道な活動を知ったことがきっかけだったという。

出口さんは、動画を見た台湾の国立大学の研究チームと交流が生まれ、今年1月に台湾を訪れた。現地では手厚いもてなしを受け、日本海軍が残した燃料廠の遺跡を見学した。台湾の人々がその遺跡に戦争の忌まわしい記憶ではなく、歴史的・芸術的価値を見いだしていることが印象的だったという。
また、通訳の女性から「日本にわだかまりがあったが、日本も米軍の攻撃を受けたと知り、気持ちが変わった」と聞き、胸を打たれたと語った。教員らは、これまで聞いてきた戦争体験とは異なる視点に耳を傾けていた。
教員たちが感じた課題とこれから
出口さんの講演を聞き、戦争を伝えることの重さを改めて感じた教員もいた。また、戦争が遠い過去ではなく、「自分たちが伝えるべき課題」だと感じたと話す教員もいた。
浜田小学校の教員は「戦場に子どもたちを送り出す世界にしたくない。平和学習を他人事にしないため、生の声を聞くなど多くの体験をさせたい」と話した。
研修会を企画した八郷小学校の教員は「語り部が少なくなり、話を聞く機会が減っていくことは避けられないが、今回の学びを生かし、今ある資料から学び、自分自身が語り部となって平和教育を続けたい」と語った。

出口さんは「四日市では戦争の資料がほとんど残っていないが、書き残された手記を読むことはできる。体験談を繰り返し伝え、それが子どもたちの成長の糧になれば」と話した。戦争体験者の声が届きにくくなる中、教員たちは今ある記録を手がかりに、平和をどう伝えるかを模索している。















